名誉棄損を理由とする発信者情報開示請求訴訟の争点
インターネット上の掲示板等で誹謗中傷記事等が書かれてしまった場合に、その記事の投稿者の氏名・住所といった発信者情報の開示を求める場合には、最終的には裁判所に対し、プロバイダを相手方として民事訴訟を提起し、勝訴判決を取得しなければならない場合が多いと言えます。
誹謗中傷記事を書かれたことを理由として発信者情報開示訴訟を提起し勝訴するには、請求者のどのような権利が侵害されたかをまずは明らかにしなければならず、多くの場合には名誉権の侵害があったと言えるのかが問題となります。
そこで、以下に、名誉権の侵害の有無を争う場合にどのような点が争点になるのかを説明します。
なお、名誉権の侵害を理由とする中傷記事の削除請求については、仮処分手続きで削除がなされることも多く、訴訟手続きまでいかないことも多いですが、下記の名誉権の侵害が成立するかの争点は削除請求の仮処分手続き等にも当てはまります。
名誉権の侵害とは
上記の通り、発信者情報開示訴訟では、まずは侵害された権利として、名誉権が侵害されたと言えなければなりません。
そこで、「名誉権の侵害」とは何かがまず問題となりますが、おおよその概念としては刑法上の「名誉棄損」と同様であり、「公の場で、具体的な事実を示して人の社会的評価を低下させること」を意味します。
これだけの説明ですと単純なことのように思えますが、実際に発信者情報開示訴訟での名誉権の侵害があると認められるためには以下のような要件が必要となります。
同定可能性
名誉権の侵害があったとするには、「人の社会的評価を低下させること」という要件が必要ですが、このことが認められる前提として、まず問題となっている中傷記事が誰のことを指しているのかが読者にとって明確となっていなければなりません。
例えば、イニシャルだけの記載で、「Sが不倫をしている」とだけネット掲示板等に記載されている場合ではそのような記載をもって「S」が誰であるのかを特定できない場合があります。
このように、中傷記事が投稿されたとしても、誰のことを言っているのかを特定できるか(このことを「同定可能性」といいます)が問題となります。
「同定可能性」の有無を判断するにあたって、「社会一般の人」を基準とするのか、または中傷されている人物をもともと知っている人を基準とするのかが問題となり得ますが、この点について、裁判例(東京地裁判決平成11年6月22日判時1691号91頁「石に泳ぐ魚」事件)では、「社会一般の人」を基準とするのではなく、中傷の対象とされている人物と面識がある人かまたはその人物の属性のいくつかを知る人を基準に特定がされるかで同定可能性を判断すべきと判示しています。
上記の裁判例の基準により同定可能性は判断されるため、例えば上記の「Sが不倫をしている」という投稿はそれを単体で読む限りは、仮に「S」と面識がある人であっても誰のことを言っているのか分からないため、特定はされていないと言えそうです。
しかし、同定可能性の有無は、中傷記事の前後の文脈等もあわせて考慮されるため、例えば上記の「Sが不倫をしている」の前後の文脈から、特定の会社の特定部署内の人物であることなどが推測できる場合には、当該部署内の人間で 「S」というイニシャルの人物が特定できる場合も考えられます。
このように前後の文脈によってはイニシャルで記載されている場合であっても「同定可能性」が認められることもあります。
社会的評価の低下があったといえるか
次に、名誉権の侵害があったと言えるためには、問題となっている中傷記事によってその人の社会的評価の低下があったと言えるか否かが問題となります。
この社会的評価の低下があったかどうかを判断するにあたっては、「一般の読者の普通の注意と読み方」を基準に判断されるものと解されています。
そのため、例えば中傷をされたと感じて訴えを起こした人自身が社会的評価を低下させられたと感じていたとしても、「一般の読者」が読んだときにそうとは読めない内容であれば「社会的評価の低下」がないため、名誉権の侵害はないと判断されます。しかし、名誉権の侵害がない(社会的評価が低下していない)場合だからといって必ずしも何ら権利侵害がないと判断されるとは限りません。例えば、具体的な事実は摘示せずに単に「ペテン師」「悪党一味」などとのみネット掲示板に記載したような場合の事例で、裁判所は、具体的な事実を示していないことなどから社会的評価を低下させたとは認められないとして名誉の棄損(名誉権の侵害)は認めなかったものの、名誉感情は侵害しているとして、発信者情報開示請求を認める判決を出しています(東京地裁判決平成27年6月16日)。このようなケースは少ないようには思いますが、「名誉権」の侵害はないとしても、「名誉感情」が侵害されたとして発信者情報開示請求が認められることもあり得ます。
なお、発信者情報開示訴訟を提起した際の判断権者は裁判官であるため、裁判官が「一般の読者の普通の注意と読み方」であればこう判断できるだろうという基準で社会的評価の低下の有無が判断されることになります。
違法性阻却事由の有無
名誉権の侵害を理由とする発信者情報開示訴訟の中でおそらく一番の争点となり得る点として、名誉棄損の違法性阻却事由の有無が挙げられます。
仮に社会的評価を低下させる事実を表現(公表)した場合であっても、その表現を正当化させる事由がある場合には違法性がない(違法性阻却事由がある)として、名誉権の侵害は認められないことになります。
具体的には以下の3つの要件をすべて満たすことで、違法性が阻却されることになります。
すなわち、①表現内容が公共の利害に関するものであること(公共性)②その表現がもっぱら公益を図る目的でなされたこと(公益性)③摘示された事実が真実であること(真実性)の3つの要件が満たされれば違法性は阻却され、名誉権の侵害は認められないことになります。
上記の3つの違法性を阻却する要件は、通常の名誉棄損が問題となる訴訟では、名誉を棄損したと言われている側で立証しなければなりません。
しかし、発信者情報開示請求訴訟においては、この立証責任が発信者情報開示を求める側に転換されています。そのため、発信者情報開示を求める側が、上記の3つの違法性を阻却する事由がないことを立証しなければなりません。
なお、一般的な名誉棄損が問題となる裁判では、上記③の真実性の要件に加えて、仮に摘示した事実が真実でないとしても、表現者において真実と信じたことについて相当な理由(真実相当性)があった場合には表現者の責任が阻却されるとして名誉権の侵害が認められないと解されています。しかし、発信者情報開示請求訴訟においては、上記の通り本来は表現者側が負うべき違法性阻却事由があることの立証責任が開示請求者側に転換されています。
そのため、上記の表現者が真実と信じたことについて相当な理由があるか否かについて、そのような理由が「ない」ことの立証責任を開示請求者が負わなければならないのかという問題が生じます。
この点については明確に結論は出ていないように思われますが、裁判例においては真実と信じた相当な理由が「ない」ことまでの証明責任を開示請求者側に負わせることは過大な負担を開示請求者側に負わせることになるなどの理由から、開示請求者側はこの点の立証責任までは負わないと結論づけているものが多いようです。
以下に、違法性阻却事由の3つの要件について説明します。
(1)公共性
上記の要件①「公共性」とは、問題となっている記事のテーマが公共の利害に関するものと言えるかという要件のことです。代表的なものとしては、政治家の汚職問題や、大企業の製造する製品の欠陥についての記事等が該当しますが、例えば特定の会社の労働環境の良し悪しなども公共性が認められることが多いと言えます。一方で、一私人のプライベートに関するようなテーマであれば公共性は認められないと言えます。
(2)公益性
上記②の「公益性」とは、その表現を行った目的が何かを問題とするものであり、例えば上記①の公共性の認められるテーマであっても、その表現をする目的が、単に相手への嫌がらせ目的や仕返し目的であった場合等には公益性がないとされる場合があり得ます。
公益性の有無については、表現の仕方が下品であったり、馬鹿にしたような表現であるかや、きちんとした調査や根拠もなく噂をうのみにして表現をしたようなものかなど、表現をするにあたっての調査や表現の仕方等から判断されます。
(3)真実性
上記のように、①「公共性」と②「公益性」も違法性阻却事由の要件ではありますが、実務的には「公共性」と「公益性」の有無が問題となるケースよりも、上記③の「真実性」の要件が問題となるケースが多い傾向にあります。
上記の通り、発信者情報開示請求訴訟においては、開示を求める側が、中傷記事に記載されたような事実は「ない」ということ(「反真実性」)を証明しなければ違法性の阻却事由がないことを証明したことにならず、敗訴することになります。
そのため、発信者情報開示請求訴訟では、中傷記事に記載されているような事実は「ない」ことの裏付けとしてどれだけの証拠資料を説得的に裁判所に提出できるかで勝敗が分かれることが多いと言えます。
例えば、中傷記事の中で、「XX会社は社員に残業代を全く支払っていない」といった記載があった場合には、きちんと残業代を各社員に支払っている給与明細等を提出することで、このような記事が事実と違うことを積極的に立証していく必要があります。
もっとも、事実が「ない」ことの証明は、一般的には事実が「ある」ことの証明よりも難しいと解されているため、「ない」ことの証明としてどの程度の証明で足りるのかも問題となります。
この点については、実務的には記事を投稿した側(プロバイダ側)からある程度、記事の内容が事実であることを裏付ける資料が提出された場合には、請求者側は、相応に具体的な「ない」ことの証明資料を提出していかなければなりません。
しかし、投稿した側から記事の内容が事実であるという事情が何ら主張立証されないような場合には、請求者側が負う立証責任の程度も軽減されると考えられます。
表現内容が事実を基礎とした意見・論評である場合
意見・論評とは「質が悪い」や「不味い」などのように、それ自体は具体的な事実を示さない表現のことです。この意見・論評としての表現が人の社会的評価を低下させるようなものであったとしても、意見・論評の前提となる事実のうち重要な部分が真実である場合には、その意見・論評が「人身攻撃に及ぶなど意見・論評の表現の域を逸脱」していると言えるほどのものでなければ違法性はない、つまり名誉権の侵害はないと解されています。
意見・論評の具体例としては、「●●●なので、●●社のサービスは質が悪い」のうちの「質が悪い」という表現は記事を投稿した人の意見や評価といえ、具体的な事実ではないため、意見・論評と言えます。
このような表現の場合、例えば一つ目の表現のうちの「●●●なので」という部分が具体的な事実の摘示だとした場合、この事実の重要部分が真実であれば、その後に続く「質が悪い」との表現は表現方法としては「人身攻撃に及ぶなど意見・論評の表現の域を逸脱」したものとは通常は解釈できないため社会的評価を低下させる表現だとしても違法性はないということになります。
もっとも、意見・論評といえども、例えば文脈等によっても異なることはあり得ますが、裁判例では「醜悪な」、「クソ」、「ショボい」などの侮辱的な表現が用いられているようなケースにおいて、相手の人格を攻撃するに至っているというべきであるとして、意見・論評であっても違法性があると判示しているものがあります。
監修弁護士紹介
弁護士 亀田 治男(登録番号41782)
経歴
2003年3月 |
上智大学法学部地球環境法学科 卒 民間生命保険会社(法人融資業務)勤務を経て |
---|---|
2006年4月 | 東京大学法科大学院 入学 |
2008年3月 | 東京大学法科大学院 卒業 |
2008年9月 | 司法試験合格 司法研修所入所(62期) |
2010年1月 |
弁護士登録(東京弁護士会) 都内法律事務所にて勤務 一般民事(訴訟案件等)と企業法務に幅広く携わる。 楽天株式会社の法務部にて勤務 |
2018年1月 | 渋谷プログレ法律事務所開設 |
2021年5月 | プログレ総合法律事務所に名称変更 |
資格
・中小企業診断士
・経営革新等支援機関(認定支援機関)
・宅地建物取引士
・マンション管理士
・管理業務主任者